前回でまゆの件はひとまず方がつき、ややのんびりとした幕間ムード。
もっとも、まゆ本人は自分のせいで純夏が立候補を取りやめることになったことを悔やんでいて、どうして償ったらいいんだ、と悩んでいる状態。
そんな中で登場したのがまゆの父親。
外見(というか、目の感じ)が特徴的で、性格もいかにもまゆの父親らしく独特です。
親子だねぇ。
彼が純夏たち女子空手部の面々と話し、帰宅してからまゆ本人とも話して空手復帰を許可します。
いいお父さんですね。
まゆを愛していることが伝わってきます。
愛しているからこそ、厳しいアドバイスの言葉も言えるし、その言葉はまゆに届く。
悩んで、逃げているだけじゃダメだ、と学校復帰を決め、中傷した相手にバスで出会ってあっかんべー。
(この場面は可笑しかった)
明るく正々堂々と自分を信じて立ち向かう。
こういう描き方がいいと思います。
悪意は悪意としてきっちり描きつつも、そこで過剰な方向に走ることなく、あくまでも双方の描写が自然体であり、ユーモアの気持ちが常にあるので、この作品は好きです。

ここ数話で感じていることとして、やはり純夏の周りの世界が広がっているなぁ、と。
この物語は汐と二人でいればいい、という所からスタートした感がありますが、お話が進むにつれていろいろな人たちとの結びつきが増えて、だんだんとそれが繋がって彼女たち二人だけでない物理的・心理的広がりが出来ています。
今回の件で誹謗中傷を受けはしましたが、それ以上に彼女たちには強い味方がいます。
同性愛者の朋絵たちだけでなく、クラスの異性愛者たちも。
純夏や汐がどんな人間であれ、受け入れてくれる人間がいるということ、それを実感できていることは勇気を与えてくれることでしょう。
周りの人間関係が広がっていること、純夏と汐が人間的に成長していることは相乗効果を上げていることは間違いありませんし。

純夏はまゆの父に「どうやって(まゆの)力になってあげられるのかわからない」、と思いを打ち明けますが、それに対しての父の答えは「今までどおり付き合ってくれればいい」でした。
あっさりとしたやりとりながらここで描かれているものは深いと思います。
信頼できる人がそこにいるだけで、いつもどおりに接してくれることがどれだけありがたいことか、とそう言いたいのだろうと思います。

上記の、まゆの父親が純夏たちに会っている合間に生徒会の引継ぎ活動を”純夏と一緒ではなく一人で”他のメンバーと一緒に行っている汐の描写が入ります。
汐も、もう純夏と一緒にいるだけでなく、それ以外の人間関係に踏み込めるようになっています。
それを決定的に後押ししたのが前回の純夏の行動ですね。
愛の力ってすごい、と言うのはいかにも安っぽいけれど、たぶんそれが本当。

また、純夏や汐が他の人たちに求めているものが今回の全体を通して伝えられている気がします。
ありのままの自分でいることを認めてほしい。
同性愛者であるからといって特別な人間と言うわけではなく、何も違いなどないのだと。
蔑んだり嫌悪したりするのではなく、かといって賛美してほしいわけでもない。
ごく当たり前に好きな人がいて、好きな人と一緒にいたい、という気持ちがあるだけです。
そうあることをただ認めてほしい。
異性愛者ならなんの苦労もなしにできることが、同性愛者であるために隠し続けなければならない苦悩と悲しみ。
だとしても、今後、そのことで憎しみや悲しみや敵意むき出しで戦うのではなく、あくまでも自然体で立ち向かっていくのだろう、と想像できます。
それがささめきことという作品のスタイルだろうと思います。
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