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高城家に全員が集合し、久々に戻った日常の中でチーム内の結束が崩れかけるが立ち直る。
<奴ら>との戦いがない分地味ではあるが、登場人物たちの心理的な動きは興味深く見所は多い。
ただし、理解の助けとなるセリフがかなりカットされており、説明不足になっているのがもったいない。
沙耶父の設定が変更されていることなど、現在のアニメ表現における窮屈さを感じたのは残念。
「バウンティの反乱」のたとえでチーム内の結束が崩れたことを表したのは的確。
それを孝に思い出させるのは最年少のありすで、どんだけこの子は人間ができてて洞察力があるんだと驚きである。

生き残るために必死に戦い、緊張感がある中ではチーム内の統率が取れていて、不和も起きなかった。
しかし、一時安全で平和な場所に来たことで緊張感がとけ、結束が崩れてきてしまった。
それが今回のコータがキレたことの引き金だ。
それだけではなく、コータが好きである沙耶に対して孝が胸倉を掴み上げて諌める、という行為をしたことに対する嫉妬や怒りも影響していると思う。
(ここでのコータの暗い表情はアニメで追加されたもの)
彼の存在意義である銃器の価値を低く見られたこと(正確には刀が非効率だと主張したのに対して冴子に反論されたこと)で自分が否定されたように感じてしまった、ということだろう。

コータが武器を手放そうとしないのは、銃器で敵を倒すことでやっと自分の存在意義を見つけられたから。
好きな沙耶をそれで守ることもできた。

沙耶が突きつけた二つの選択肢は重要だ。
「大人の中の子ども」に戻った彼らがそれに安住するか、今までのように自力で生きることを選ぶか。
大人たちに守られることを選択するのが生き残るために正解とは限らないのだ。
匿われていれば安全なようで、実際は今までの常識が通用する世界ではなくなっているのだから。
冴子の不機嫌は、急に子ども扱いに戻ってしまったことへの不満だろう。
(コータが突然キレたのも同じ感情が背景にあるはずだ)
自分の力を存分に発揮して生き抜いてきた数日間はタフではあったが、充実していたのだろうから。
しかも彼女はその戦いにおいて自分の異常な性癖を憚ることなく満足させることができていた。
彼女は子ども扱いされる場所にとどまることを望んではいないだろう。

沙耶が怒っていた理由は両親が何よりも沙耶の安全確認と救出を優先しなかったこと。
両親を認めていて、両親のした行動も認めているけれど、それでもなお無条件でまっさきに助けに来て欲しかった、ということか。
難しい選択だとわかってはいても、それが正直な気持ちだろう。
沙耶の両親は娘よりも自分たちの立場と責任を優先したが、娘はそれを望んではいなかった。
両親と沙耶との決定的な考え方の違いがそこにある。

チームはコータの価値をみんなで認め、大人たちから彼を守る。
沙耶は自分を守ってくれたのは父ではなくコータだと告げる。
娘の自分よりも立場と責任を優先した両親に対する強烈なメッセージ。
それは子ども扱いを拒否して自分たちで生きるという意思表示でもでもあるだろう。
だが、沙耶母は微笑を浮かべており、むしろ娘の成長を喜んでいるようにも見える。
(実のところ、沙耶の両親はコータを否定しているわけではなく、彼の覚悟を確認しているだけだと思う)
一度崩れかけたように見えた孝たちがもう一度結束を新たにするこのシーンは良かった。

沙耶父の設定は右翼団体の会長から旧藩主(=高城家)の現当主に変更されている。
外見や言動はほとんど変わらないので大きな影響はないけれど、アニメ放映だとこういう制限がかかるのはなんとも融通のきかないことである。
必ずしも右翼賛美ということではないのに、こういう人間がいるということ自体否定するのは果たしてフェアなのだろうか?
長い目で見て、知らないことは結局その人の損になると思うのだが。
大事なのは自分で見て知って考えて判断することだろう。

<奴ら>になった部下を殺すシーンは斬首する部分がカット。
これは仕方ないのかなぁ…できればちゃんと映像にして欲しかった。

麗・静香先生は今回印象が薄い。
特に静香先生のセリフが削られているのが残念である。(後述)

追記。
そもそも、前回のことを踏まえれば麗は冴子に対する嫉妬の炎を炸裂させてもおかしくない。(女の勘によって孝と冴子が急接近したことを察知して)
が、高城家に二人が戻ってからの進行は原作どおりのために、そのような行動を起こす余地がない。
全体の構成として、冴子神社回は前倒しで挿入しているが、それ以外の話の進行は原作準拠なのだよね…。
原作で麗が嫉妬の感情を表すのは、この高城家の話が終わって次の場所に移ってからである。
(原作では神社イベントがこの高城家の話の直後に来るため)
そこでの嫉妬炸裂イベントを高城家内にアレンジして起こすかと思ったが、改変が大きくなるからやらなかったのだろう。
もしアニメ2期が実現したとして、次の場所でそのイベントがあったとしたら麗が若干間抜けに見えてしまうことになるが…。
(麗が孝と冴子の仲が進んだことに高城家ではすぐに気づかずに、次の場所で初めて気づくことになるから)

Cパートで紫藤他バス組の描写。
恐怖から目をそらせるために紫藤が許可した乱交のシーンあり。
止め絵ではあるがもともと下着露出で、声もある分原作よりはエロ度が増している。

11話予告で原作14話の麗と紫藤の対決シーンがあることが判明。
これを先にやるということは原作13話の南・田島の話はカットするかあるいは最終話前半に持ってくるつもりだろうか。
沙耶父から冴子に刀を渡すシーンは次でやるようだ。
神社から持ってきた刀との折り合いをどうするか注目。
ちょっと気になるのは神社から出た時と高城家の裏門に現れた時に冴子の腰に刀が見えなかったこと。
まさかとは思うが、途中で落とした(なかった)ことにするんじゃあるまいな…。

原画はおおむねきれいだが、一部まだあやしいところがあるのが心配。
あと2話はしっかりした絵を見せて欲しい。

その他考察
・ 麗が怒っていた理由
傷の治療自体は必要だとわかっているようなので、静香先生にして欲しくなかった?
孝が静香先生に加担したことも気に食わないようだ。
静香先生の言う通りにせず、どうせなら孝に塗って欲しかった、ということか。
しかし、ほとんど全裸の格好といい、孝の太ももにしがみついた体勢といい、そんなシーンの筈はないのにえらく扇情的である。

・ 冴子の和服姿
神社回挟んだことによって印象が変わっている。
前回一度肌を合わせたと言っても、このぐらいの初々しさがこの二人にはちょうどよく見えて微笑ましい。
また、原作だとまだ男女の関係になっていないにもかかわらずこの会話自体は存在する。
この段階でけっこう親しかった(お互いに異性として意識していた)ということがわかるシーンである。

説明不足
・ ありすが静香先生の胸で泣いていた理由について孝のモノローグがない
両親を亡くしたこと、それを思い出してしまって苦しむことがその理由だが全く説明がないのでわかりにくい。

・ コータが刀の血脂について主張した時に冴子が包丁と料理の例えを用いて説明しているのだがカット
不謹慎だと思われることを警戒した?

・ テラスでの静香先生のセリフ丸々カット。
はっきりとは語ってないものの、ここは彼女の考え方や寄って立つ信念がうかがえる良いシーンだったので残念。

・ 麗が、キレたコータを追いかけて部屋を出る孝にかけたセリフがカット
短いが、彼女のさりげない気遣いが見えるのに…。

・ 沙耶と冴子の会話の後半部分がカット
沙耶が、屋敷にとどまることの意味を語る部分、自分たちが生きるためにしてきた行動が子どもが教わるものではなかった、と語る部分がカットされている。
また、冴子が学園で石井を介錯したことについて自分で語る部分もカットされている。
どちらも自分たちが子どものままでいるのかどうかという問いについて語っており、カットされたのは残念である。

疑問点・突っ込み
・ 麗にもっと大きなタオルかけてあげて
ビジュアルサービスか、みんなで集合している時も麗にかかっているタオルが小さい。
緊急時ではないし男子もいるんだから、もっと大きなタオルで隠してあげてほしい。

・ 沙耶母のセリフに「あの愚かな首相の命令など~」というセリフがアニメでは追加されている
右翼描写はダメで政府批判はいいのか?

・ メカニックは松戸(まつど)さんなのでは。
「まっどさん」に聞こえた。
勘違いか、本来の設定がそうなのか。
追記。
原作のルビを見ると「マツド」または「マッド」に見える。
どちらにしてもカタカナなので、外国人っぽい呼び方で合っているようだ。
もしかすると、ゾンビ映画に出てくるキャラのオマージュだったりするのかな?

・ 孝が沙耶を持ち上げるシーンは演出過剰なような。
孝が暴力的にすぎる印象。

・ 沙耶は冴子に対しても(静香先生に対しても)タメ口を変えない
自信家で多少高慢なところがある彼女らしい。
冴子に対して若干嫌味な調子なのは実は苦手にしているから、とか?
(以前のバス内での会話、お風呂内での会話でも似たような調子だった)
力量・女としての魅力を認めてはいるからこそ、ちょっと癪にさわるというところか。
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