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タイトルはおそらく「カミングアウト」に引っかけたか。

そのものずばり同性愛者であることをカミングアウトするかどうかというテーマに踏み込んだ。
この作品で残っている最後の問題。
それに純夏が向かい合う時がついにきたのである。
汐が落ち込んでいた時から回復して、ここしばらくは和やかで楽しい雰囲気を保っていたが、さすがにこうなってくると全体のトーンがシリアス寄りになるのはしかたがない。

しかし”彼"が復活するとはかなり意外だった。
その彼が純夏のカミングアウトに最後の一押しをすることになりそうで、たしかに驚きではあるが、けっして意味のない配役だとは思えない。
自分が女装することを周りに打ち明けられないことをずっと悩んでいただろうから。
女装は同性愛者とは違うが、一般的には偏見をもって見られるだろう点では同じだ。
この起用は見事である。

今回彼は自分に嘘をつくのをやめた。
その姿が純夏に「自分は逃げていた」ということをはっきりと自覚させた。
もう逃げることはできない。
逃げたくない。

純夏はいまだ自分が同性愛者であることを周りに打ち明けておらず、汐に対しても好意を伝えていない。
そこに向き合わなければならない。

もちろんこれは同性愛者ゆえの悩みで、異性愛者(いわゆる一般人)同志であればここまで悩むことはない。
その部分をこの作品はずっと描いてきたが、この最終局面をどう描くのか注目したい。
この作品は異性愛者からの嫌悪感も隠さずに描写して、なおかつそれに対して過剰な同性愛賛美で逆に対抗するようなことはしてこなかった。
そこが長所である。
同性愛もなんら特別ではない、とずっと主張しているのだ。
あくまでもナチュラルに、日常の中に存在するもの、存在していいもの、という描き方を最後まで貫いてくれると信じたい。

汐がどことなく沈んでいるのはやはり彼女も感情があるから。
当たり前だ。
それをないものと思い込もうとして、以前泥沼にハマりこんだのだから。
だから、今の汐は多少へこんではいるけれど、無理はしていない。
今の汐は自分の感情にきちんと向き合っている。
同性愛者への偏見に対して傷ついていることからも目をそむけない。
(昔からの習性でとっさに押し込めようとすることもあるが、朋絵がフォローに入ったりして救われている)
朱宮君とデートする純夏にも、正しく嫉妬している。
そして、自分は知っているが相手から打ち明けてもらっていない、純夏からの自分への好意。
汐は純夏から言ってくれるまで待つと決めている筈だ。
だが、やはり打ち明けてくれないことに対し悲しみの感情はあり、それにも向き合おうとしている。
そんな汐の成長を描いていることを評価したい。

汐の兄が母親の来襲を受けてお見合いをしようかという流れ。
ずっと汐を守り続けてきて、自分のために生きることはしてこなかった彼も妹離れをする時がきた、ということだろうか。
そして今の汐ならそうなっても生きていける、汐もそれを望んでいる、と見ていいのだろう。
だからこそ、汐を支える最後の一押し、純夏のカミングアウトは必須だ。

純夏⇔汐
汐の兄⇔砧さん
という形で最終的にまとまればOK、か?

最後、あれで次に続くのか…。
つまり、同性が好きということをカミングアウトして、その上で”彼女”とは付き合えない、という形で断るのか?
でも、やっぱり最初のカミングアウトは汐に向けてして欲しいと思う。


我ながらすごい振り幅。
おっぱいパンツゾンビアニメから同性愛ラブコメ漫画、って相当かけ離れてるよね。
もちろん全くそれを恥じるつもりもないし、自分の中ではごく自然なことなのだけど。
好きなものは好きなのだから。
特別なものなんて、本当にない。
管理人のみが読めるようにする

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